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40歳になっちゃった!結婚7年目、2012年2月から不妊治療を始めました。

   
カテゴリー「IVF③アンタゴニスト法」の記事一覧
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昨日、判定日でした。
結果は陰性。

やっぱり、と思いました。
2~3日前から、もう生理がくるんじゃないかという気がしていました。
今回は妊娠していないだろうな、と薄々感じていました。
やっぱり自分の体のことですから、わかるものなんでしょうか。不思議なものです。

どんな結果になっても、もう採卵はしない。

そう思って臨んだ移植でしたが、だめだったとわかった瞬間、やっぱり旦那の子がほしいと思う自分がいました。
これまで、アンタゴニスト、ショート、アンタゴニストという高刺激で3回の採卵をしました。トータルで19子の受精卵が出来ましたが、出産には至っておりません。
経済的負担も大きいですし、年齢も40歳。今回陰性だったら、もう採卵はしない、と思っていたのです。
でも、先生からは、もし次にチャレンジするなら、マイルド法で刺激して新鮮胚を移植してみないか、と提案されました。初の新鮮胚移植です。
初めて試す治療がまだあるのなら、諦めるのは早いんじゃないか。そんな風に思いました。
まさかまた採卵しようという気が起きるとは思いませんでしたが、先生と話してみた結果、気持ちが揺れています。

そういえばさっき、今年度の助成金申請をしようかと治療明細書の整理をしていたところ、10週でお空に帰ってしまった子の出産予定日が書かれた紙を見つけました。
2014年11月26日。
そう、まさに今日です。なんとも不思議な気持ちになりました。

まだまだシーソーのように揺れていますが、今回リセットしたときの気持ちで、採卵するかしないかを決めようと思います。


拍手を贈ってくださった皆さま、ありがとうございます。
とても励まされています。

メッセージを贈ってくださった方へ
優しいお言葉をありがとうございます。お互い、辛い経験でしたね。最後の移植とのこと、無事に授かれるようお祈りしています。私も最後の移植と臨んだ今回です。まさか、また採卵に気持ちが傾くとは思わず、自分でも驚いています。まだまだ揺れていますが、またこちらでご報告させていただきます。はい、人生を楽しんで生きていきましょうね。ありがとうございました。


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拍手[30回]

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こんばんは。
気が付いたら前回の記事から、ちょうど1年が経っていました。
健忘録ではありましたが、自分の経験が、どこかにいる誰かの参考になれば、と思って書いていたはずのブログなのに、この1年はどうしてもブログに向かえませんでした。
何度も「ダメでした」と報告するばかり、愚痴ばかりのブログ。
開くのがいやになり、記事を書くことが億劫になり。
やっぱり、疲弊していたんですかね。

初めての流産手術を経験した後、いろいろ悩んだり考えたりした結果、治療は続けました。
まずはこの1年の治療経緯を簡潔にお話したいと思います。

心拍が確認できず、流産となり、手術を終えた後。
2周期あけて、凍結していた2つの胚盤胞を移植しました。無事ひとつが着床し、陽性判定をいただきました。5wで胎のう確認、6wで心拍確認と順調に進み「10週に入ったら卒院ですね」なんて院長から言われ、母子手帳ももらってきました。
しかし、10w1dのエコーで見た赤ちゃんの心臓は、残念ながら止まっていました。
その報告をしたとき、初めて旦那が泣きました。

そして2度目の流産手術。
院長の勧めで受けた検査の結果、赤ちゃんは染色体異常だったことがわかりました。
もし、その後も順調に育っていたとしても、その異常がわかった時点で中絶を選んでいたことでしょう。仕方のないことなんだ、自然淘汰なんだ、親孝行な子なんだ、と考えることしかできませんでした。
その染色体検査の結果が出るまでは約1カ月かかりました。
39歳で採卵した卵子です、染色体異常の確率が高いことはわかっています。覚悟はしていたので、ショックというよりは「そうですよね」という気持ちでした。
それよりなにより衝撃を受けたのは、報告書に書かれていたYYの文字。赤ちゃんは女の子でした。
そっか、あの子は女の子だったんだ。
エコーに映っていた、頭と体の2等身だった小さな受精卵が、確かに生きていた「子供の命」として胸に飛び込んできて、涙があふれそうになりました。

幸せなことに、私にはまだ2つの凍結胚盤胞があるので、流産手術の後、2回の生理が来れば移植は可能でした。でもその子たちを迎える心の準備が出来なくて、ずるずると4回の生理を見送りました。

お迎えしても、またダメだったらどうしよう。
また染色体異常だったらどうしよう。
それなのに、もっと育ってしまってからわかったら、どうしよう。
そもそも、私はまだ子供が欲しいんだろうか。
そんなことをぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる、考えてばかりの毎日でした。

やっと、やっと。
自分が望んで作りだした命を廃棄するなんてありえない、と思えるようになりました。

今周期、凍結している二子ちゃんを戻します。
どんな結果になったとしても、もう採卵はしません。
今出来ることを頑張る、ただそれだけです。


※私信※
ミーコロさん!ご出産、本当に本当におめでとうございます。
ブログは楽しく拝見させていただいておりましたが、パスとIDがわからなくなってしまって、コメントを書き込めなかったのでこちらから失礼します。まだ見てくれているかわかりませんが、ミーコロさんに伝わることを祈って。たくさんの優しさをありがとうございました。ミーコロさんと旦那さん、そしてベビちゃんが素敵な親子になれる未来を確信しながら、ニヤニヤしています(*´∇`*) 本当におめでとうございました!


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拍手[17回]

もし、もしも、もしも。
残念ながら同じように手術を控えた方がいらっしゃったら、こんなにビビりで痛がりの私でも乗り越えられたという経験談を読んで、少しでもお力になれたらいいなと思って、怖くて怖くて逃げ出したかった、流産の手術についてまとめます。(注:長文です)

流産のことなのであまり明るい話ではないし、生々しい表現も出てくると思いますので、抵抗のある方は読まずに引き返してくださいね。



手術前日は、怖くて緊張しすぎてほとんど眠れませんでした。
まるでテストが嫌で逃げ出したい子供のように、お腹が痛くて眠れず…結局、2時間ほど眠れたかな?って感じです。
今回は、総合病院での日帰り手術でしたが、必ず家族の付き添いが必要でした。
不妊治療を打ち明けている義母が付き添いたがっていましたが、そんなの気を使ってしまって逆に落ち着かないじゃないか…!
それにやっぱり、私とダーリンのことだし、2人で乗り越えたい気持ちが強かったというのもあって、ダーリンになんとか仕事を休んでもらって、義母の付き添いは断りました。
朝は8時までに軽食ならOKとのことだったので、カロリーメイトのゼリーを食べ(飲み?)ました。水分は深夜0時以降は摂っていません。この辺りは、病院によって指示は異なるようですね。それでも、手術前にはお腹が空いてしまいましたが…
そんなこんなで、当日の流れを以下にまとめます。※ここからも長いです…(;´∀`)


◆午前10時 診察
 子宮内を再度確認してラミセル(1本)を入れる
以前検査のとき、ラミナリアを入れた途端、激痛のあまり気を失ったことのある私ですが、今回はまったく痛みを感じませんでした。入れるときに先生が「チクっとしますよー」と言ってくれましたが、それすらもわからず、本当に入っているか不安になるぐらいでした。

◆午前10時半 病室
 看護師さんから今日の予定の説明を受け、今までの病歴などを聞かれる
手術着に着替えて点滴開始。ラミセルが膨らんで子宮口が開くまでひたすらベッドで寝て待ちます。痛みはありませんでした。昨夜の寝不足がたたって、1時間半ぐらいぐうぐう寝ました。

◆午前13時45分 手術室へ移動
 ブドウ糖の点滴に抗生物質が加わり手術準備をする
手術台の上で心電図用の電極をつけ、手も足も開いた状態で固定されました。まず点滴に麻酔の副作用を抑える薬が入れられて、点滴の針の辺りがぴりぴりとしました。そして続けて静脈麻酔が入れられましたが、これが結構痛かった…「めっちゃビリビリするなー入ってるなー」と思ったのも数秒で、すぐにぐわんと視界が歪み、意識がなくなりました。

◆何時か不明…ほんのり意識が戻り始める
 おそらく、処置の最中というか、終わりかけに目が覚める
視界がぼんやりしてきて、なんとか重いまぶたを押し上げると、天井らしきものが見えました。とはいえ、意識は混濁していて、何が見えているのか認識するのにずいぶん時間がかかりました。
その間はずっと、お腹の中をぐるぐるかき回されているような感覚がしていて、痛みをはっきり感じていたわけではないですが不快感はあって、うーんうーんと唸っていたと思います。固定された手と足を外そうと身をよじった気もしますが、実際動いていたかはわかりませんし、声も出ていたかはわかりません。
その直後、「ベッドに移動してくださーい。はい、もう少しです、もう少し」という看護師さんの声が聞こえたので、どうやら手術が終わって移動するところのようでした。
ということは、さっきお腹をぐるぐるかき回していたような感覚はだいぶ前のことなのか、いやいや夢だったのか…はっきり覚えているわけじゃないので今となってはよくわかりません。
そのあとは、とにかくお腹が痛くて痛くて、子供みたいにずーっと「いたぁあい、痛いー」と言い続けていたのを覚えています。恥ずかしい。。。

◆病室で目覚める
 手術開始から約30分後、入院部屋に戻る
まだ朦朧としていて、自分がどんな体勢で寝ているのかもわからず、ひたすらお腹が痛かったです。「痛いーいたいーいたたぁあい」と、ひたすら言い続けていたのを覚えています。ダーリンが「終わったよ、頑張ったね、お疲れ様」と言いながら肩をぽんぽん叩いてくれているのがわかりました。
5~10分ぐらい唸っていたでしょうか、看護師さんが痛み止めの座薬を入れてくれて、その後さらに5~10分ぐらいで痛みがすーっと引いて楽になりました。
その頃にやっと意識がはっきりしてきて、痛い痛いと騒いでいた自分が恥ずかしくなりました…後の祭りですが。

◆その後は20~30分おきに出血状態を確認される
 手術用の紙パンツをはいてナプキンをつけていたので、看護師さんがおしめを替えるようにぱぱっと開いて出血をチェック、新しいナプキンに取り替えるという作業をしてくれました。
3回目ぐらいから意識がはっきりしてきた感じです。

◆午後4時半に退院診察
 ちゃんと自分で歩ける&おしっこができるを確認し、退院のための診察
生理1日目程度の出血はありましたが、座薬のおかげでお腹の痛みもなく、無事排尿できました。内診をしてもらうと「入り口に出血がありますので、今ちょっと出しますねー」という先生の声。えっ…何々?ここで掻き出すってこと?と、一瞬青ざめました…なにやら機械で膣を広げられて固定され、細い棒のようなものでカキカキしている感覚はありましたが、ちょっと違和感があるぐらいで、痛みはほとんど感じませんでした。鎮痛剤の座薬を入れていたせいかも。

◆午後17時すぎ
 病室に戻ってお薬をもらい、次回の診察予約を受け取って、長い長い1日が終わりました。

注意事項は、
・1週間後の診察までは、湯船に入らずシャワーだけにすること
・生理が2回くるまでは避妊すること
・手術当日は安静に過ごし、あとは普通の生活をしてかまいません、ということでした。

手術が終わった今、ほっとしています。
ただ、どこか喪失感というか、虚無感というか。そんな気持ちはあります。
今は今後の治療のことも考えられませんが、2~3周期は治療お休みとなるので、その間にゆっくり考えたいと思います。


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拍手[13回]

まだ5日しか経ってないのか。そんな実感です。
手術自体、もうずいぶん前のことのように思えます。
体はずいぶん楽になりました。あんなに辛かった気持ち悪さも体のだるさも、ほぼなくなって、食事の準備すらできずゴロゴロしていた頃が嘘みたいです。

今回は、生まれて初めて、胎嚢が確認できた妊娠でした。
エコーに黒い丸が写ったとき、とてもとても嬉しかったです。
4w1dで陽性判定をいただいて喜んだのもつかの間、5w0dで大出血をして。胎嚢は確認できたものの、その後は心拍が確認できることを祈り続けた3週間でした。
でも心拍は一度も確認することはできず、残念ながら稽留流産となってしまいました。
いろんな思いがぐるぐるしていて、うまく表現できませんが、悲観的になってるとか、自分を責めたりとか、そういうことはないので、大丈夫(何が大丈夫かわからないけど…;)です。

そんな今周期のことを、まとめて記録に残したいと思います。
ちょっと生々しい表現もありますし、流産の手術のこともありますので、抵抗のある方は読まずに引き返してくださいね。


◆6cell G2の初期胚とG4 BAの胚盤胞を二段階移植
  ↓
 4w1d 陽性判定をもらう(血中hcg:425)
  ↓
 4w3d 少量の出血がある
  ↓
 5w0d 大量出血と血の塊がずるりずるりと出る
  ↓  ※不育症治療のゼンアスピリンとカプロシンを中止する
  ↓
 5w1d 引き続き大出血しているが胎嚢が確認できる
  ↓
 6w1d 心拍は確認できず
  ↓  ※出血量が多く貧血になってしまい鉄分の注射を開始する
  ↓
 7w1d 胎芽は見えたが心拍は確認できず
  ↓
 8w1d 心拍は確認できず稽留流産と診断される
  ↓
 8w6d 子宮内容除去術を受ける



温かい拍手、そして温かいコメントを贈ってくださって、ありがとうございます。
前向きに考えて、ちゃんと前を見て、進んで行きたいと思います。

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拍手[16回]

今日、子宮内容除去術を受けてきました。
昨夜はほとんど眠れませんでした。今は終わってほっとしています。

手術を受けるまで検索魔になって、同じような症状の方を見つけては勝手に共感したり、お辛い経験の記録を読んでは勝手に励まされたりしていました。
たくさんの経験談を読ませていただいて心の準備が出来たという部分もありますので、私も今後どなたかの参考になるのならと思い、後ほど手術記を書かかせていただこうと思っています。

陽性判定をもらってから今日まで、たくさんの温かい拍手と、たくさんの優しいお言葉をくださった皆さま、本当にありがとうございました。

取り急ぎ、今はご報告まで。


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プロフィール
HN:
ひづる
性別:
女性
職業:
専業主婦
趣味:
ロックフェスに行くこと!
自己紹介:
29歳で子宮筋腫核出術を受ける。33歳で結婚、ただいま7年目。2012年2月に検査を受けたところ、子宮年齢42歳と発覚!慌てふためき、体外受精にチャレンジしてます。
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